混合流体の相平衡については古くから研究され、 多くの知見が積み重ねられてきているのですが、 残念ながら一般によく知られているとは言えません。 たとえば逆行蒸発・凝縮現象一つ取ってみても、 通常の物理化学の教科書ではまず出会わないでしょう。 ぼくはこうした状況を少しでも変えていかなければと思っています。
ここで紹介した理想気体-ファンデルワールス流体混合物は、 気液の相分離を示すもっとも単純な系と言ってよいでしょう。 この理想気液混合物でどれぐらい現実系を説明できるかというと、 水素 H2- 水 H2O 系や ヘリウム He - キセノン Xe 系で見たように、 とても十分とは言えません。 けれどもこれまで気液の臨界現象も含めた混合系の相図を見たこともない人が、 始めてこれら現実系の相図を見たとしたら、取りつく島もなく、 呆然とたたずむことになるのではないでしょうか?
われわれは物事を理解する時、 しばしば寄るべき何らかのモデル、プロトタイプからの距離を測ることで理解するもののようです。 2成分系の気液の相平衡を理解する上で、 理想気液混合物はそうしたプロトタイプを与えてくれるものであると思います。 混合流体の相平衡については、臨界挙動や共沸現象はもとより、 液液分離や「気気分離」、3相共存などをめぐる興味深い問題が多数あります。 このプロトタイプも手がかりに、 そうした問題と向き合う人が少しでも現れてくれることを期待します。
なお以前、流体化学分科の修士課程に在籍していた高桑弘明くんが、 この理想気液混合物について、特に逆行蒸発・凝縮現象に注目する形で取り組んでくれました。 高桑くんの研究はここで紹介するにはいささか高度ですが、 頼りない教師に辛抱強く付き合ってくれたことに感謝です。