2003.10.22.
温度と熱と仕事の話

1.カルノーのアイデア

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図1.水の流れで水車を回すように、高温から低温に向かって落ちてくる熱を使って仕事をさせる。

水は高いところから低いところに落ちてきます。 そして水車を使って水の流れに仕事をさせることができます。 こうした問題を取り扱うのは「水力学」(hydrodynamicsあるいは流体力学fluid dynamics)といわれる分野です。 これと同じように、熱が温度の高いところから低いところに“落ちてくる”と考え、熱機関(通常のエンジン)というのを、この熱の流れに仕事をさせる装置だと考えてみてはどうでしょう?

今から180年程前の1824年、カルノー という人*1 は「火の動力についての考察」 という小冊子*2 の中でこうした考えを述べ、それはその後、「熱力学」(thermodynamics)といわれる分野の核をなす考えとして発展してきました。 カルノーが明らかにしたことはいくつかあるのですが、中でも熱を使って取り出せる仕事の最大量が、水蒸気を使おうが、空気を使おうが、温度だけで決まっているというのは大きな発見でした。1気圧で水が沸騰する際1600倍にも大きく膨張します。 でもこのことは蒸気機関が動力を生み出す上で本質的ではないというわけです。


たぶん皆さんは、「熱が落ちてくる」などという話を聞くと、突拍子もないもののように思われることでしょう。 中学校でも習うように、熱は「もの」ではありません。 今日的には「熱はエネルギー変化の一形態」であるとされています。 実際温度を上げたからといって重くなるわけではありませんし、手をこすり合わせると熱くなるように、手の動きが熱に変わります。 熱は「もの」ではないのです。

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図2. 蒸気機関の模式図

けれどもそうした教科書的な知識から自由な人が、当時の工業の現場の中で生きていたらどうでしょう。 当時の蒸気機関の基本的な構成は図2のように整理できます。 ボイラ X で湯をグラグラ沸かし、発生した水蒸気でピストン R を動かします。 2つのバルブ A を開いて B を閉じておけばピストンは左方へ、 B を開いて A を閉じておけばピストンは右方へと移動します。 そして用いた水蒸気は冷却器(復水器) Y で再び水になり、ボイラー X に送り込まれて再利用されます。 水が循環して使用されるなら、ピストンの往復運動には水以外の何者かが関与していると見ることができます。 X で与えた熱が、Y で取り出されていることに注目すると、ピストンの往復運動は「熱」が駆動していると見てよいでしょう。 今日的な「熱」についての教育を受けていない新鮮な感性に富んだ人が、こうした蒸気機関を見ておれば、「熱」が温度の高いところから「落ちてくる」というアイデアは、自然と浮かんでくるかもしれません。


熱を「もの」のように扱う考え方は、カルノーの時代よりももっと古くから存在していました。 取り澄ましたような今日の科学の中にも、そうしたアプローチは生き残っています。 たとえば熱化学方程式というのを皆さん中学校で勉強されたでしょう。

C + (1/2)O2 = CO + 26 kcal
CO + (1/2)O2 = CO2 + 68 kcal
C + O2 = CO2 + 94 kcal

この最初の2つの式を足し合わせると、3番目の式が出てきます。 ここで注意してみてください。 この式の中で、右辺に出てくる「熱」は左辺の分子と等号で結ばれていますね。 「熱」はあたかも物質であるかのように扱われているわけです。 大学で勉強する化学の教科書の中では、それをエネルギー(あるいはエンタルピー)変化と読み替えているわけですが、符号が逆になる(発熱反応では負のエンタルピー変化)だけで、何も新しいものを付け加えていないと言ってよいかもしれません。



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