気体の粘度の問題はぼくが学部のころ悩まされた問題の一つです。 分子論に基づいて、気体の粘度が圧力によらず一定で、温度を上げると大きくなるという結果を導くことを示し(1860年)、さらにそれを実験的にを示した(1866年)マクスウェルの研究は、初期の気体分子運動論・統計力学の華々しい成功でした(マクスウェルの論文については「現代化学セミナー」で取り上げたことがあります )。 けれども授業で聞いた分子運動論の話はそのとおりと思っても、「真空にしたら羽根はゆっくり落ちてくるじゃないか。粘度は圧力を下げたら小さくなるはずだ」* 「温度を上げたら分子運動が激しくなって粘度は小さくなるはずだ。現に天ぷら油は温めたらサラサラになる」** などなど、承服しがたい思いはありました。 昔の人も同じように悩まされていたようです。 その「承服しがたい思い」を克服すること、あるいはそれを持ち続けることが、ぼくたちが分子論を理解する上で大事なことであると、ぼくは考えています。
ところが気体の粘度に対する言及が物理化学の講義の中でも最近なされなくなっているせいか、物理化学の学生でも気体の粘度の基本的な挙動について、あるいは分子論の「常識はずれ」の過激な内実を知っている人を見かけなくなりました。 またそのことが安直な、誤った分子論的な“物語”の蔓延を招いているようです。 そうした諸君に注意を喚起する意味も込めて、この気体の粘度の問題に注目した課題を構想しました。
なおこの実験は解析手法も含めて個人的にはまったくオリジナルです。 思いついた当時、いろいろ試してみたりする傍ら、手元の本で調べたりしたのですが同じような実験課題は見当たりませんでした。 けれども方法といい、解析手法といい、19 世紀に行われていて不思議でない実験です。 19 世紀には内径 0.3 mm で長さが 1 m といったチューブはなかったかもしれませんが、ガラス管に綿などを詰めたものでも十分定性的な挙動は観察できるはずです。 すでにこうした研究や実験課題がすでに知られ、あるいは現に行われている所があるかもしれません。 その分にはいろいろご教示いただければ幸いです。