オルンシュタイン(L. S. Ornstein, 1880-1941)とゼルニケ(F. Zernike 1888-1966)は、1914年、気液の臨界点近傍での大きな密度の揺らぎについて論じた「単一成分物質の密度の突発的な変動と臨界点でのタンパク光(Accidental deviation of density and opalescence at the critical point of a single substance)」という論文を発表しました [1] 。 彼らはこの中で2種類の関数(後に直接相関関数、全相関関数と呼ばれるようになるもの)を導入することによって流体の密度ゆらぎについての現象論的な方程式を与え、光の散乱に対する空間的な密度ゆらぎの効果を論じました。
その2年後、ゼルニケは「臨界状態での分子のクラスター形成とそれによる光の減衰(The clustering-tendency of the molecules in the critical state and the extinction of light caused thereby)」という論文で、より分子の分布にアクセントを置いた形で、流体中の分子の分布関数の挙動を議論しました [2] 。
これらの論考は臨界現象一般の研究の(今日ではあまり見かけないようですが)ひとつの流れを作りましたし、その後異なる文脈で再評価され、今日的な液体論の一つの流れの源流ともなりました。この二編の論文はFrischとLebowitzの編んだ本 [3] の中に再掲載されています。
流体の温度や圧力を変化させ、気液の臨界点に近づけると、大きな光散乱が起きるようになり、流体が白く濁った状態になります。この臨界点近傍での大きな散乱光を臨界タンパク光と呼びます。(同様の現象は、メタノール-ヘキサンなどの液体混合物の臨界点でも見られます。それと区別してか、この論文の題名には「単一成分物質の」と付いています。)宝石のオパールopalのように見えるところからopalescenceと英語ではいいます。(日本語の「タンパク光」はだれが名付けたんでしょうね?)OZの論文は、この臨界タンパク光に取材したものです。
臨界タンパク光についてはOZの論文以前に、スモルコフスキー(M. Smoluchowski)やアインシュタイン(A. Einsten。相対性理論で有名ですね)、キーソム(W.H. Keesom)による理論的な研究が出ていたようです [6-8] 。これらの研究ですでに、臨界タンパク光は流体の粒子数のゆらぎと関連付けて論じられていたのですが、OZの論文はここにさらに、ゆらぎの空間的な相関を取り込み、臨界点でも光の散乱強度が無限大にはならないことを示したのでした(→このことはゼルニケ自身の行った実験 [9] ともよく一致。また論文中に言及はないが、散乱光がより前方に強くなるという結果は、実験的にも支持されている)。なおこのゆらぎの空間的な相関というアイデアは、オルンシュタインの学位論文 [10] ですでに展開されていたようです(半世紀を経て、ファンカンペン(N.G. van Kampen)がこのアイデアに基づいて、気液の相転移を論じています [11] )。さらに言うと、こうしたアイデアは、ファンデルワールス(J. D. van der Waals)の表面張力に関する研究 [12] などにすでにあったというべきかも知れません。
OZの論文は大きく
についての論述からなっています。ここでは背景となる光散乱についての問題について触れた後、OZ方程式の導出、そしてその光散乱への応用という形でOZの論文を紹介します(密度ゆらぎにともなうエネルギーゆらぎのお話は、自由エネルギー密度との関連で興味深いのですが、直接的には他の話題と関連がないので省略します)。そして熱力学的な立場からのOZ式のアイデアについての解釈を示し、最後にゼルニケが示した流体中での分子の空間的な凝集挙動(これはOZの論文の議論を実空間に置き換えたものに相当)について触れます。