2025.11
吉村洋介

平均寿命と速度則のこと ~~ 分子に寄り添って考える

このおはなしは、3回生の物理化学・物性化学実験 B3 に関わって用意した解説プリントを HTML 化したものです。

1.分子の生存確率と寿命

分子 X が時間 \(t\) 経った後も分解していない確率(生存確率)を \(F(t)\) とし、 分子 X がある時間 \(t\) 経って微小な時間 \(\delta t\) の間に分解する確率を \(f(t) \delta t\) とすると(\(f(t)\)は X の寿命の分布関数に相当)、 \(F(t)\) と \(f(t)\) の間には次の関係が成り立ちます:

\begin{equation} 1 - F(t) = \int_0^{t} f(t') \rmd t' \label{eq:decay0} \end{equation}

つまり分子 X が時間 \(t\) 経った後分解している確率 1 - \(F(t)\) は各時間間隔に分解する確率 \(f(t) \delta t\) を足しこんだものだということです。 この関係は生存確率 \(F(t)\) の時間変化に注目すれば

\begin{equation} \frac{\rmd F(t)}{\rmd t} = -f(t) \label{eq:decay1} \end{equation}

と書くこともできます。

さて X が「単位時間当たり一定の確率 \(p\) で分解していく」としましょう。 時刻 \(t\) に分解する確率(密度)\(f(t)\) はある時刻 \(t\) に X が存在しているとした時に分解する条件付き確率を意味しており、次式が成り立ちます:

\begin{equation} f(t) = p F(t) \label{eq:decay2} \end{equation}

したがって式 \eqref{eq:decay1} から生存確率 \(F(t)\) について次の式が得られ、

\begin{equation} \frac{\rmd F(t)}{\rmd t} = -p F(t) \label{eq:decay3} \end{equation}

生存確率 \(F(t)\) は次の指数分布に従います(\(F(0) = 1\)に注意)

\begin{equation} F(t) = \rme^{-p t} \label{eq:decay4} \end{equation}

したがって X の寿命の分布関数 \(f(t)\) は式 \eqref{eq:decay2} から次式で与えられます:

\begin{equation} f(t) = p \rme^{-p t} \label{eq:decay5} \end{equation}

さて平均寿命 \(\tau\) は寿命の分布関数 \(f(t)\) を用いて次のように定義されます(\(\avg{Q}\) は \(Q\) の平均を表すものとします):

\begin{equation} \tau = \avg{t} = \int_0^{\infty} t f(t) \rmd t \label{eq:lifetime1} \end{equation}

ですから式 \eqref{eq:decay5} を用いて平均寿命は(ラプラス変換を思い出してもらえればいいでしょう):

\begin{equation} \tau = \int_0^{\infty} t p \rme^{-p t} \rmd t = \frac{1}{p} \label{eq:lifetime2} \end{equation}

あるいは \(F(t)\) が \(t\) までは分解しない確率であることに注意すると、 平均寿命は生存確率 \(F(t)\) を用いて次のようにも書けます(\(F(\infty)\) = 0, \(F(0)\) = 1に注意):

\begin{equation} \tau = \int_0^{1} t ~\rmd F(t) = [t F(t)]_{F(t)=0}^{F(t)=1} + \int_0^{\infty} F(t) \rmd t = \int_0^{\infty} F(t) \rmd t = \frac{1}{p} \label{eq:lifetime3} \end{equation}

なお半減期 \(\tau_{1/2}\) と呼ばれるものは \(F(\tau_{1/2})\) = 0.5 となる時間で、

\begin{equation} \tau_{1/2} = \frac{\ln 2}{p} = 0.693 \ldots τ \label{eq:lifetime4} \end{equation}

で与えられることになります。

2.分子の生存確率と速度則

1個の分子に注目したわけですが、最初 \(N(0) = N_0\) 個存在したとして、 時刻 \(t\) における X 分子の個数 \(N(t)\) の分布に注目しましょう。 それぞれの粒子の分解が独立に起きるとすると、時刻 \(t\) で個々の分子が分解していない確率は \(F(t)\) ですから、 確率論でいう大数の法則から平均個数は次式で与えられます:

\begin{equation} \avg{N(t)} = N_0 F(t) \label{eq:rate1} \end{equation}

化学反応で扱われる速度則と呼ばれるものは、 この平均個数の時間変化に対する法則に相当します(分子レベルで考えると \(N(t)\) は確率変数で、一般に微分できないことに注意)。 つまり速度則は、生存確率の時間変化の法則を与えるもので、次の速度定数 \(k\) の単純な 1 次反応の速度則であれば

\begin{equation} \frac{\rmd \avg{N(t)}}{\rmd t} = -k \avg{N(t)} \label{eq:rate2} \end{equation}

その意味するところは式 \eqref{eq:decay1} で \(p = k\) とおいた

\begin{equation} \frac{\rmd F(t)}{\rmd t} = -k F(t) \label{eq:rate3} \end{equation}

に他ならないわけです。 そこでこうした 1 次反応の場合には速度定数 \(k\) を分解確率 \(p\) と同一視し、 平均寿命 \(\tau\) を用いて

\begin{equation} k = 1/\tau \label{eq:rate4} \end{equation}

で表記することも一般に行われます。 またこのように解釈することで、たとえば時刻 \(t\) における平均数 \(N_0 F(t)\) はもとより、 粒子数の分散 \(N_0 F(t)[1 - F(t)]\) の評価も容易に行えるようになります。

3.そしてそれから・・・

1 個の分子の運命に関わる問題と速度則のかかわりを見たわけですが、 寿命に関わるこうした扱いは、品質管理に関わってもよく出てきます。 例えば電球の寿命などを扱う際には \(F(t)\) は「信頼度関数」と呼ばれます(記号としては reliability から \(R(t)\) がもっぱら使われる)。 \(p\) は故障率であり、時とともに故障率が変化するとして故障率関数 \(p(t)\) として扱うモデルがよく利用されます。 先の例では \(p\) が一定で \(F(t)\) は指数分布となりましたが、 もう少し一般的にして \(p(t) = K t^m\)(\(m \gt -1\))の分布はワイブル Weibull 分布と呼ばれます (\(F(t) \propto \exp(-C t^{m+1})\)。 粉体の粒径分布ではロジン-ラムラー Rosin-Rammler 分布と呼ばれるもの)。

最後に、対象とする系によっては平均寿命が必ずしも定まらないことを注意しておきます。 たとえば次のような2次の速度則に従う系を考えてみてください (典型的には一酸化窒素の酸化反応 2NO + O2 → 2NO2 ):

\begin{equation} \frac{\rmd \avg{N(t)}}{\rmd t} = -k \avg{N(t)}^2 \label{eq:second1} \end{equation}

この時

\begin{equation} \avg{N(t)} = \frac{1}{kt + 1/N_0} \label{eq:second2} \end{equation}

となるわけですが、平均寿命を計算すると発散してしまいます (式 \eqref{eq:lifetime3} で \(F(t) = \avg{N(t)}/N_0\) の積分は対数的に発散)。 この一方半減期 \(\tau_{1/2}\) は

\begin{equation} \tau_{1/2} = \frac{1}{k N_0} \label{eq:second3} \end{equation}

となり(\(\avg{N(\tau_{1/2})} =N_0/2\))、値を持ちます。


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