2004.5.11.
「合金の分析」ノート  吉村洋介

「合金の分析」の結果(93-94年度)

ぼくの手元にある、実際に学生諸君が 1993 年度、1994 年度に行った分析結果を紹介しておきましょう。

現在の学生実験では、日本伸銅協会の提供している薄片上の洋白の標準試料を用いています。 けれども当時は日本伸銅協会が標準試料を提供していることを知らず、米国NISTの粉末の標準試料を用いていました (NISTのNBS時代に作られたもので Standard Reference Material 879 (Nickel Silver CDA 762)。 当時金相におられた中山則昭さんが、入手に奔走してくださいました)。 証明書についてきた分析値は、

でした(合計 99.90%)。鉄、鉛などはいずれも 0.002% 以下ということになっています。

学生実験で合金の分析に挑んだ諸君は 93 年、94 年あわせて89人。 試料溶液を2種類作り、それぞれについて分析結果を出してもらっています。 銅、ニッケル、亜鉛それぞれについての分析値の頻度分布を出してみると、下図のようになります。

NISILVER_CU9394T NISILVER_NI9394T ニッケル
NISILVER_ZN9394T 亜鉛 図1.1993-94年度の学生実験における洋白の分析結果の分布。 図中の矢印はNBSの分析値。

大幅にはずれたデータを除くと、平均と標準偏差は次の通りです:

大まかに言って、平均をとると結構いい値が出ているといってよいでしょう。 設定した分析手法は、まずまずのものといえそうです。 ただしニッケルに関しては不確定さが大きく、分析値が相対誤差にして2割ぐらいふらついて、今後とも改良が必要です。 現在のところぼくは、アルミニウムによる銅の除去が問題になっている可能性が大きいと考えています(ニッケルのロスとアルミニウムの混入により、負と正の偏差が発生しうる)。

もう少し詳細に見ると、いくつか問題が浮かび上がってきます。 合計すると 98.7% で、1.3% 分足りません。 (一応)独立の測定が 120 件以上行われているので、平均値の不確かさは標準偏差より1ケタ小さい程度と考えられますから、これは統計的に有意と見られます。 NBSの分析値からの偏差は、銅・亜鉛はいずれも1ポイント低く出ていて、ニッケルについては系統的な偏差を言うのは難しいところです。

銅が低く出ることの原因としては、当時ハイポの標定を行っていなかったことが挙げられます。 当時は「銅の重量分析と容量分析」といった課題があって、そこで硫酸銅の容量分析を行っており、同様にハイポの標定を省略していました。 その90年度の結果では、硫酸銅中の銅含量が1%程度(0.2 ポイント)低めに出ていました(ハイポの純度が結晶水が失われる関係からか1%高い)。 また2000年度に「合金の分析」でハイポの標定を義務付けるようにしたところ、ハイポの標定をしない場合に比べて銅の含量が相対的に約1%(0.5 ポイント)増えることが分かりました。 このことを考慮すると、銅の含量は 0.5 ポイント程度押し上げられて 57,4% 程度となり、NBSの値との不一致は若干低い傾向はあるものの誤差のレベル程度に達します。 当初、ハイポの標定は、学生の負担が増す割には、学生実験の精度を考えると効果がないので省略可ということにしていました。 しかし学生諸君の腕前はかなり高く、省略しない方がよいようです。

亜鉛が低く出ることの原因は、イオン交換樹脂からの溶離が不完全なためではないかと思われます。 93年度と94年度でも結果が若干違う(93年度は 28.6%、94年度は 29.5%で1ポイントちがう)ことも、その時々の時間の余裕の有無(93年度は実験期間中に野球大会アリ)からくるような問題の存在を示唆しているようです。 なお銅については93年度と94年度で差が見られていません。

なお図1を見てみると、銅・亜鉛について、全体に低い方に裾を引く傾向があるようです。 これは試料溶液を作る際に、何らかのロスが生じている可能性を示唆します。 このことも分析値の合計が 100% にならないことの原因となっているようです。


「合金の分析」ノートに帰る