「物理量と数値を区別しよう」 というスローガンは良いのですが、そんなにこだわる必要はあるのでしょうか? まずここでは、物理量と数値・単位を事分け立てて考えないといけない事情を見てみます。
物理量が、数値と単位の乗除で構成されているという原則さえ心得ておれば、 単位間の変換ルールが明瞭なら、 単位の換算はさして問題なさそうに見えます。
【例 A】速度の単位を m s-1 から km h-1 に変える(1 km = 1000 m、1 h = 3600 s)。
水中の音速 = 1500 m s-1 = 1500 (km/1000) (h/3600)-1 = 1500 /1000 × 3600 km h-1 = 5400 km h-1
【例 B】モルエンタルピーの単位を kJ mol-1 から kcalth mol-1 に変える(1 calth = 4.184 J。calth は熱化学カロリー)。
安息香酸の燃焼エンタルピー = -3227.0 kJ mol-1 = -3227.0 (kcalth/4.184) mol-1 = -771.27 kcalth mol-1
(有効数字5 ケタ。係数 4.184 に不確かさがないことに注意)
単位の間の関係式を、そのまま代入し、数値を計算して整理すればよいのです。 SI 単位であれば換算は、基本的に接頭辞の k(キロ)、M(メガ)といった 10 のべき乗の処理なので、さらに簡単です(SI ありがとう!)。 こうした数式の計算の例題も紹介しておきましょう。
【例 A】静電容量 C = 12 μF のコンデンサーに、電圧 V = 5 mV をかけた時に蓄えられるエネルギー E は
E = (1/2) CV2 = (1/2) 12 μF × (5 mV)2 = 150 × 10-6 × (10-3)2 J = 150 × 10-12 J = 150 pJ
【例 B】密度 ρ の水中を直径 d で密度 ρX(> ρ)の小球が沈降する際、 ストークスの法則から沈降速度(終端速度)u は、次式で与えられる。u = (ρX - ρ)gd2 / 18 η
ここで g は重力加速度、η は水の粘度である。 この式で直径 10 μm の球形の炭酸カルシウム粒子(密度 2.7 g cm-3)の沈降速度を評価すると、 g ≈ 9.8 m s-2、ρ ≈ 1000 kg m-3、η ≈ 1.0 mPa s なので
u = { [2.7 × (103/10-6) - 1000] × 9.8 × 102 × (10-6)-2 / (18 × 10-3)} m/s
= (0.09 × 106 × 10-12 / 10-3) m/s = 0.09 mm/s
ここではあからさまに単位の間の演算を記していませんが、 【例題2B】では次のような演算を行っています。
物理量 Q の SI での単位を ⟦Q⟧ で表すことにする。 ⟦18 η⟧ = Pa s = N m-2 s = (kg m s-2) m-2 s = kg m-1 s-1 に注意して、
⟦u⟧ = ⟦ρX - ρ⟧ × ⟦g⟧ ×
⟦d⟧2 / ⟦18 η⟧
= (kg m-3) × (m s-2) × m2 / (kg m-1 s-1)
= m s-1
当たり前ですが、一貫性のある単位系を使用しているので、 単位についての演算が、つじつまの合った結果を与えてくれることを確認できます。
先の例題に示すような、明示された単位を異なる単位に変換する作業は、(計算を確実に進めていけば)まず問題は起きません。 問題になるのは次のようなケースです。
【問題】空気圧ブレーキの圧力計(atm 単位)の示度 x (atm) と停止距離 y (m) の間に次の関係があった。
y = 50.0/x
圧力計を MPa 単位(1 atm = 0.101325 MPa)のものに替えたとき、圧力計の示度 z (MPa) と停止距離の間の関係式はどうなるだろう?
こうした問題になると、得てして次のような答えが返ってきます。
y = 50.0 / x (atm) = 50.0 / z (0.101325 MPa) = 493.46…/z = 494/z
安全を見て数値は大きくなる方に丸める。
数値の丸め方についてはよいのですが、この答えが間違っていることは、 実際に値を入れてみると明らかでしょう。 かりに圧力が 1 atm だとすると 50 m で停止するわけですが、 上の式に z = 0.101325 を入れてみるとざっと 100 倍、4.88 km で停止することになってしまいます。 つまり 50.0 を 0.101325 で割るのではなく、 0.101325 を掛けないといけなかったのです・・・。 という風にして正解にはたどり着けますが、 2回生、3回生あたりに聞いてみると、どこに問題があるのか、明確に指摘することは意外に難しいようです。 またこの場合のように、100 倍も違うとすぐに間違いに気づきますが、 これがたとえば bar 単位の圧力計(1 atm = 1.01325 bar)であれば、 値が数 % 違うだけなので、うっかりしてしまうことがあり得ます (特にうまく割り切れたりすると流されてしまう!)。
こうした誤解答が出る原因は、 物理量と数値が明瞭でないことにあるといってよいでしょう。 問題を次のように整理してみましょう (数値記号を立体(ローマン体)で表現することにします)。
【問題】空気圧ブレーキの圧力計(atm 単位)の示度 x と停止距離 y m の間に次の関係があった
y = 50.0/ x
圧力計を MPa 単位(1 atm = 0.101325 MPa)のものに替えたとき、圧力計の示度 z と停止距離の間の関係式はどうなるだろう?
【答え】x、y、z はいずれも数値であり、x と z の間には次の関係が成立する。
圧力 = x atm = z MPa
x = z MPa / atm
この関係を与式に代入すると
y = 50.0/ x = 50.0/(z MPa / atm) = 50.0/(z / 0.101325) = 5.07/z
問題の式が「数値」に関する式であることを、まず明確にしておくことが肝要です。 そこで距離も「y m」と【数値】×【単位】の形であらわに書いて、 事態を明瞭にして計算を進め、x と z が、同じ物理量を異なる単位で表した数値であることから(x atm = z MPa)、 換算式を与えています。
ここでは数値に対する「公式」でしたが、もし物理量に対する「公式」であれば、 停止距離 L とブレーキの圧力 P の関係として、次式で与えられたわけです (物理量を表す量記号を斜体(イタリック体)で表現することにします)。
L = (50.0 m atm)/ P = (5.07 m MPa)/ P
問題の中で与えられた数値 50.0 は、物理量 50.0 m atm として登場し、 圧力の単位の変換は 50.0 m atm = 50.0 m (0101325 MPa) = 5.07 m MPa という形で処理されることになります。
前節の例題3を見てみると、x (atm) や y (m) といった表記が、 数値なのか物理量なのかをあいまいにさせた原因だといえるでしょう。 そしてたぶん、こうしたことで痛い目を見た先人が、 数値と単位を明瞭に区別し、 物理量を数値と単位の積として表記することをルールとして定めたのでしょう。 そして国際単位系 SI の中でも、物理量の書式が規定されることになったのだと、ぼくは理解しています。
こうした話は単なる形式で、 本質とは関係ないとスキップする向きもあるでしょう。 けれどもそこには、われわれ自身の物理量、数値との向き合い方が関係しているように思えます。 実際、例題3のような公式について、x は数値であって物理量ではないのに、 われわれはしばしば「x に圧力を入れると、停止距離が出てくる」 と言い表します。 あるいは血圧が 170 mmHg であるのを、 「血圧が 170 でやばい」といって済ますこともありがちです。
実際、日常的なルーチンの中でデータを処理する時、 物理量と数値を事分け立てて扱うのは結構面倒です。 SI を前面に立てている(であろう)JIS の規格を見てみても、 下記のような記述が行われています。
ファクターは、次の式によって算出する。
\[ f = \frac{m}{0.052~99 \x V} \x \frac{A}{100} \]
ここに、さてここで登場する m は、物理量でしょうか、それとも数値でしょうか? この表現では単位を、説明の中で ( ) 内に表示していて、 先の例題3で見た、物理量か数値か判然としないスタイルになっています。 これを数値変数を用いて SI に従って記載したとすると次のようになるでしょう。
ファクターは、次の式によって算出する。
\[ f = \frac{m}{0.052~99 \x V} \x \frac{A}{100} \]
ここに、この表記と、JIS 規格の表記と、 どちらがわかりやすいでしょうか? もしかすると JIS 規格の表記の方がなじみがあって、 分かりやすいかもしれません (高校の教科書も JIS 規格の表記に準じた表記のようです)。
けれども単位が変わった時にはどうでしょう? まずない話ですが、炭酸ナトリウムの質量の単位をグレイン(1 gr ≈ 0.065 g)に切り替えた時、 式はどう変わるでしょう? こうした時、 数値と単位の掛け算であることを明瞭にしてあれば、 炭酸ナトリウムの質量の単位の g を gr に変えるだけの話でそうたじろぐことはありません。 そこが JIS 規格の表記のようにカッコに入れて、 (g) といった形で処理していると、 どこをどう変えるか(換算係数 0.05299を変える必要があるか?)、 あるいは 1 gr ≈ 0.065 g で割るか掛けるか、 ちょっと悩ましいところになるかもしれません。 こういったところで、今日的には物理量と数値を、 形式的にも明確に区別することが推奨されているわけです。
なお余談ですが、 ぼくたち理学部の人間などは、 この際、「公式」を物理量で表現して、 次のようにしたくなります。
ファクターは、次の式によって算出する。
\[ f = \frac{m / \mrm{g}}{0.052~99 \x (V/\mrm{ml}) } \x \frac{A / \%}{100} \left[ = \frac{m}{(0.052~99~ \mrm{g~ml^{-1}}) ~V } ~A \right] \]
ここに、物理量とファクター f の関係がすっきりしていて、 個人的には好感が持てます (0.05299 の換算係数の内実に踏み込まないのは残念ですが・・・)。 けれども実際に毎週、硫酸の標定操作をしているような人から見たら、 式にごてごて単位を書かずにあっさり済まして欲しいところでしょうか。 こういうところは、 「現場」感覚が大事なところなのでしょう。