液体の化学(吉村)
since 2004.10.9.
last revised 2022.3.18.

8.表面・界面張力

8.1. 表面張力

二つの流体相が共存するとき、できるだけ相の境界面が小さい方が安定になります。一般に境界面を単位面積だけ作るのに必要なエネルギーを界面張力、特に気液の界面の界面張力を表面張力と呼びます。かりに表面張力が負なら、たとえば無重力状態で放置すれば、はてしなく表面が拡大を続け、2つの流体相を考えることが無意味になってしまうでしょう。

通常扱う液体の場合、表面張力は数十mN m-1程度の値をとります。幅が10 cm程度の液膜による張力の大きさは1 mg程度の物体を吊り上げるぐらいに相当します。 またシャボン玉を膨らますことを考えると、表面張力による圧力の増加量 ΔPは、表面張力 γ に比例し半径aに逆比例します。

ですから半径が1 cmのシャボン玉の中の圧力は10 Pa、1万分の1気圧程度、周りより高いことになります。 なおこのシャボン玉の圧力と同様のことは液体中の気泡についても考えることができます。 気泡の中の圧力は気泡の半径が1 mmなら千分の1気圧ですが、1 μm程度であればほぼ1 気圧、さらに微細な1 nm程度の気泡であれば1000 気圧にも達します。液体の沸騰の際、蒸気の泡の生成の過程が重要なのは、こうしたところに秘密があるということもできます。

表面のエネルギーは液体と蒸気の違いを反映しますから、温度を上げると小さくなり、臨界温度では0になります。 エートヴェッシュEötvösの法則はこの表面張力の温度依存性について次のような関係が成り立つというものです:

ここで γ は表面張力、dは密度、Mは分子量です。片山はこの式をさらに改良し、液相と気相の密度差を用いた次の式を提案しました 。

定数kは液体の種類によらずほぼ 2 cm2 mol-2/3 s-2 K-1 になることが知られていて、水素結合性の液体などでは小さくなる傾向があります。

水にものを溶かし込むと表面張力は変化します。この変化のようすは、溶かし込んだ物質が、表面付近に濃縮、集積されるかどうかと深く関わっています。アルコールなど有機物を溶かすと、多くの場合有機物は表面付近に集積され、表面張力は減少します。一方食塩など、塩類を溶かすと塩類の濃度は表面付近では溶液内部より小さくなり、表面張力は増加します。

洗濯したり手を洗ったりする時には、表面張力を小さくして、よく汚れを濡らすことが必要になり、洗剤、界面活性剤と呼ばれるものを用います。 表面張力を小さくするには表面に集積されるように有機物を溶かせばよいのですが、極端に表面付近に集積されれば今度は水と油の2相に分離してしまいます。 そこで使われるのが、同じ分子の中に表面付近に集積される性質を持つ部分(疎水基)と溶液内部に溶け込もうとする部分(親水基)を持つ、両親媒性物質と呼ばれるものです。 石鹸でよく使われる高級脂肪酸の塩や、ポリエーテルとベンゼン環など含む中性の界面活性剤の分子はそうした分子構造を持っています。

8.2. コロイド溶液

表面積で多くの挙動が決まるものとして、コロイド溶液があります。 物質をさいの目に切り刻んで微細な粒子にしていったとして、粒子の表面に出ている分子と内部にある分子の数の比を考えてみると、表面に出ている分子数は 6N2/3 個程度ですから粒子の質量を小さくしていくと、質量の立方根に反比例して表面の影響が大きくなっていきます。 コロイド溶液はおよそ 1 nm から 0.1 μm ぐらいまでの粒子の溶液で*、さまざまな特徴的な振る舞いを示します。

*このコロイド粒子の大きさ(可視光の波長は約 0.4 μm 以上で普通では"見えない"大きさに相当)の設定はオストワルドによるものですが、コロイドとして扱われるものでサイズが必ずしもこの範囲にない場合もよくみられます。 またシュタウディンガーによる 1000 個から 109 個の原子からなる粒子という定義も、特に非球形の粒子について用いられています。

コロイド溶液はその成り立ちから、粒子コロイド(分散コロイド)、ミセルコロイド(会合コロイド)、分子コロイドに分類されます。また単にコロイドというとき、真珠など微細な不均一組織からなる物質をコロイドに含めることもあります。

コロイドは多かれ少なかれ電荷を帯びていて、電荷の符号によって正コロイド、負コロイドと呼ばれます。また媒質としてもっぱら水の場合がよく知られていますが、水との親和性によって疎水コロイド、親水コロイドという分類もされます。この電荷の符号はたとえばろ紙につけて見て、ペーパークロマトグラフィーを行うことでも判別できます。ろ紙は水の中で負に帯電するので、絵の具の群青(ぐんじょう)などは水とほぼ同じ速度で上っていきますが、ベンガラを水で溶いたものはあまり上がりません 。

コロイドが安定なのは、比較的離れたところで働く静電的な反発力のためと考えられています。 この静電的な反発力は、コロイド粒子の周りに集まる(コロイド粒子と反対符号の)小さなイオンが引き起こすと考えてよいのです。 この静電的な反発力と近距離で重要になるファンデルワールス力との兼ね合いで、コロイドの安定性を議論するのがDLVO(Derjaguin-Landau-Verwey-Overbeek)理論であり、多くの成功を収めてきました。

たとえばコロイドに電解質を加えていくと、ある濃度でコロイドが不安定になって凝析が起きます(この凝析が起きる濃度を凝析価といいます)。 硫化ヒ素コロイドなど負コロイドの場合にはアルミニウムなど電荷の大きなカチオンの凝析価が小さくなるのも、このDLVO理論で説明できます。 またこの20年ばかり、溶液中での分子間力の直接測定が盛んに行われるようになり、DLVOからの予見が正しかったことが実証されてきています 。

8.3. 泡

表面張力が重要な役割を果たす現象に泡があります。洗剤を加え表面張力を小さくすれば泡ができやすくなりますが、泡の安定性は表面張力だけでは決まりません。 泡だちには、泡のできやすさ(起泡性)と泡の安定性(泡沫安定度)という2つの面があり、泡沫安定度には泡の表面にできた膜の安定性が大きく役割を演じます。 たとえば大きなシャボン玉を作るのに洗濯ノリ(ポリビニルアルコール)を加えたりしますが、これは泡の膜を安定化する効果があります。 また細かい泡を作るには、図のような3つの泡の接するところへの液の流入を防ぐ必要があります。 サポニンや石鹸は水と強く結びついて、この液の移動を妨げます 。

場合によっては、泡を消したい場合があります。 それには熱風を当てて泡に不均一な環境を与えてもよいし、シリコーン油など水に溶けないが表面に広がる物質(消泡剤)を加える、あるいはタンパク質が泡立ちの原因なら酸を加えて変性させるといった手法がとられます。


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