水と油のようにほとんど溶け合わないものもありますが、固体に比べると液体は多くのものをよく溶かし、互いによく交じり合います。 固体中では1個の分子の混入によってもたらされる構造のひずみが、固体中の秩序だった構造を通じて多数の分子の不安定化をもたらします。 一方、液体中では異種分子の混入による構造のひずみは局部的なものにとどまり、エネルギー的な不利が小さいのです。 この相中の秩序の大きさが、両者の溶解挙動に反映していると考えられます。
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鉛-スズの相図。水色の領域は液体(溶液)、青色は固体(固溶体)。黄色の領域は液体と固体の共存領域、レンガ色の領域は鉛に富む固体とスズに富む固体の共存領域。 液相ではすべての組成で混和しますが、固相では最大で鉛中にスズが20%、スズ中に鉛が3%溶け込むだけです。 |
ある温度で塩や砂糖を水に溶かすとき、いくらでも水に溶けるわけではなく、ある濃度より以上には溶けません。この濃度の上限を飽和濃度といい溶解度ともいいます。 通常、溶解度は温度を上げると指数関数的に増加します。 ルシャトリエの原理から、このことは多くの場合固体の溶解が吸熱的であることを物語っています。 なお水酸化カルシウム(消石灰)などのように、温度を上げると逆に溶解度が減少するものもあります。 再結晶による物質の精製は、この溶解度の温度依存性と、固体への溶解度の低さを利用した精製法です。
Aという物質がSという液体に溶け込む過程を、エネルギー的な観点から考えてみましょう。
AがSに溶ける時、A-A、S-Sの相互作用が失われ新たにA-Sの相互作用が生まれます。 相互作用する分子の数が溶解の前後で変化しないとすれば、溶解のエネルギー変化は
A-A + S-S → 2A-S
という化学反応にともなうエネルギー変化 2E[A-S] - (E[A-A] + E[B-B]) で評価できるでしょう。 A-Sの相互作用エネルギーはA-A、S-Sの相互作用エネルギーの相乗平均で評価されるので、一般にこれはエネルギー的に不利な過程になります。 このように溶解は一般にエネルギー的に不利な過程ですが、混合することでよりエントロピーの大きな状態になります。 このエントロピーの増加の効果と、エネルギー的な効果とが釣り合うところで溶解度が決まります。
エネルギー的な考察からは、A-A、S-Sの相互作用の強さが同程度ならエネルギーの損失は小さく、大きく異なればエネルギー的な損失が大きくなります。 これは「似たもの同士はよく溶け合う」という一般にみられる現象と合致しています。 たとえば水と油が溶け合わないのは、水-水の相互作用が油-油に比して余りに大きいためであると考えられます。 これを定量化した溶媒のパラメーターとして溶解パラメーターがあり、単位体積あたりの蒸発エネルギーの平方根で評価されます。 なおここで「似たもの同士」は、エネルギー的に似たものであることに注意する必要があります。 たとえばリチウムとカリウムは同じアルカリ金属元素で似たもの同士ですが、単位体積あたりのエネルギーは7倍程度違い、実際、リチウムとカリウムの液体は混ざり合いません。
気体の場合は体積は圧力に反比例する一方、液体では変化はほとんど無視できます。 圧力によるエネルギー変化を無視すると、溶解度はこの体積比に比例しますから、圧力を高めると圧力に比例して溶解度は増します。 ヘンリー Henry の法則はこのことを表現したもので、通常、ヘンリーの法則は次の式で表わされます:
P = H x
ここで P は気体の圧力(分圧)、x は溶液中の気体成分のモル分率で、H はヘンリー定数と呼ばれます(ヘンリー定数が大きいほど気体の溶解度が小さいことに注意してください)。 気体の溶解度を表現するのに、他にオストワルド Ostwald の溶解度、ブンゼン Bunsen の吸収係数も用いられます(いずれも値が大きいほど気体の溶解度が大きくなります)。
さてさきほどのエネルギー的な考察は、物質Aが溶解前の状態で、互いに相互作用しているという前提に立っていました。 もし最初Aが気体状態にあり、A-Aの相互作用を無視できたらどうなるでしょう? この時にはA-Aの結合エネルギーを考慮する必要がなく、よほどS-Sの相互作用が強くない限り、溶解はエネルギー的に安定化する過程、発熱過程となります。 この一方、気体状態から、液体中の溶媒分子によって狭められた限られた空間に移行することで、エントロピーは小さくなります。
多くの気体の液体への溶解度は、エントロピーが小さくなるためにあまり大きくありませんが、エネルギー的に見た時、一般に溶解過程は発熱的で、温めると溶解度が減少するのはこのためです。 ただし温度が高くなってくると、蒸気中の溶媒の密度が高まって、気相でのA-Sの相互作用が無視できなくなる効果など働き、溶解度は一般に増加に転じます。
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水への硫酸ナトリウムの溶解度。 固相側の硫酸ナトリウムの十水塩は 32.4 °C(図の A 点)で不安定になって無水塩に変化し、それにともなって溶解度は温度とともに減少に転じる。 なお硫酸ナトリウムには準安定な七水塩も存在し、溶液を急冷したりすると、図から期待されるより高い濃度で結晶の析出が起きる場合がある。 |
通常は固体の側への溶媒や不純物の溶解は考えなくてよいのですが、水への塩の溶解などの場合には、液相だけを問題にしていると事態を見誤ることがあります。 たとえば食塩の溶解度曲線は、低温で勾配に変化が現れます。 あるいは硫酸ナトリウムの溶解度は図に見るように 32 °C付近で温度とともに減少するようになります。 これには水和塩の出現・分解が関わっています。
水和塩の結晶の中では水分子はイオンの周りに配位し、水素結合などをともないながら安定な結晶構造を作ります。 水との相互作用の大きい塩の場合には、水和塩が温度を上げていった時に融解するといった現象も起きることがあります。 こうしたことから溶液中でも結晶中のような配位構造が存在すると考えられていますが、溶液中では秩序だった構造が局所的なものに止まり、遷移元素錯体のようによほど安定な水和構造でない限り、配位構造に乱れが起きます。
またミョウバンなど複塩 complex salt と呼ばれる、異なる単純な塩同士で定比の化合物を作る場合もあり、このような場合には溶存するイオン種の濃度比によって共存する固相が変化します。
難溶性の塩については溶解度積を用いて溶解度を評価できます。たとえば水酸化鉄(III)の溶解度積は 1×10-38 mol4 dm-12 なので、通常の河川など酸化的な雰囲気の自然水中では(土壌コロイドや浮遊物を除くと)溶存する鉄はほとんどありません。 また硫酸バリウムの溶解度が硫酸イオン濃度を増すことによって減少するといった共通イオン効果もよく知られています。
液体の混合物を蒸留する時、一般に蒸気の組成は液体の組成とは異なっていて、このことを利用して液体の精製を行うことができます。
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酸素と窒素の混合液体の沸点・露点の変化。
横軸は窒素のモル分率 青線は沸点(対応する組成の液体が沸騰する温度)、赤線は露点(対応する組成の蒸気が凝縮する温度)。 |
通常ある温度で蒸留を行なうと、蒸気中にはより揮発性の高い物質(より蒸気圧の高い物質)が濃縮されます。 したがって蒸気を液化し、その液体を再び蒸留するという操作を繰り返せば、さらに揮発性の高い物質を純度よく得ることができることになります (液相に注目すれば、蒸留するにつれ、より揮発性の低い成分が濃縮されていく)。 この蒸発・液化・蒸発という操作を連続的に行なう装置が精留塔と呼ばれるもので、たとえばガラス管を長めに立てておくだけでも精留の効果があります。
混合系によっては気相と液相の組成が同じになる場合が存在し共沸(azeotropy)と呼ばれます。 水-エタノールの混合物は共沸混合物(azeotrope)を作る例として有名で、無水エタノールはエタノール水溶液を蒸留するだけでは得られません (現在、無水エタノールは水-エタノール-ヘキサンなどの3成分以上の混合物の蒸留で得られています)。
なお水-エタノール、エタノール-ベンゼンの共沸混合物は、その組成で沸点が最小(蒸気圧が最大)となるわけですが、共沸混合物の中には沸点が最大(蒸気圧が最小)となるものもあります。 この場合には蒸留を続けていると、液相の側の組成がある値に近づいていくことになります。 こうした共沸現象を「負の共沸現象」とよび、アセトン-クロロフォルムや塩酸は典型的な例です。 試薬カタログに「定沸点塩酸」などと書いてあるのは、この共沸組成の塩酸のことで、以前は濃度既知の標準試薬として用いられていました。
水と油のように液体同士混ぜても、混ざり合わないこともあります。 表に室温付近で混合が完全でない(実現できない混合比がある)液体の組み合わせを示しました。 ほぼ完全に混じりあわない場合には、蒸気圧はそれぞれの成分の蒸気圧の和で評価できます。 ですから水に溶けない高沸点の液体を、水とともに蒸留することで水溶性の成分と分離して蒸留・精製ができます。 これを水蒸気蒸留といい、香油の製造などにおいてしばしば用いられています。
A | B | C | D | E | F | G | H | I | J | K | L | ||
A | シクロヘキサン | ◆ | |||||||||||
B | ベンゼン | ○ | ◆ | ||||||||||
C | ジオキサン | ○ | ○ | ◆ | |||||||||
D | クロロフォルム | ○ | ○ | ○ | ◆ | ||||||||
E | 酢酸 | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | |||||||
F | アセトン | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | ||||||
G | アセトニトリル | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | |||||
H | DMF | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | ||||
I | ブタノール | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | |||
J | エタノール | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | ||
K | メタノール | × | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ○ | ◆ | |
L | 水 | × | × | ○ | × | ○ | ○ | ○ | ○ | × | ○ | ○ | ◆ |
混ざり合わない液体同士でも、温度を上げると混ざり合うようになることがあります。 すべての組成で混ざり合うようになる温度を臨界溶解温度と呼びます。 まれに温度を下げて混ざり合うようになる場合もあり、「上部臨界溶解温度」「下部臨界溶解温度」と呼んで区別します。
なおここでは液体同士の混合に注目しましたが、コップの中で水と油の分離が起きている時、同時に水と油の蒸気も共存しています(3相共存)。 温度・圧力を上げ、蒸気の密度が高くなっていくと、蒸気と液体の間の平衡も問題になっていきます。 対象とする物質、圧力によっては、ある組成では気液の分離が起きる一方、異なる組成では気液の分離が起きない場合、液相で相分離が起きる一方で気液の臨界現象が起きる場合など、複雑な相挙動が現れます。