液体の化学(吉村)
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last modified 2004.9.26.

2.分子間の相互作用と液体の分類

2.1. 分子間の相互作用

2.1.1. 原子分子の成り立ちと静電的相互作用

物質は原子から、もう少し細かく言うと電子と原子核からできています。 電子は負の電荷を原子核は正の電荷を持っていて、電子は原子核の周りを雲のように取り巻いていると考えることができ、「電子雲」と呼ばれます。 これら電子・原子核の間の相互作用の基本は静電的な相互作用(クーロン相互作用)がになっています。 距離 r m 離れた q1 C、q2 C の電荷の間の相互作用エネルギーは次式で与えられます:

eq1_01

ここでε0 は真空の誘電率*と言われるもので 8.854 pF m-1。 それぞれの物質を構成する単位が原子・分子であるように、電荷にも最小の単位が存在して素電荷と呼ばれ、その大きさは 1.60×10-19 Cです。電子は素電荷分の負の電荷を持ちます。

*SIでは真空の透磁率 μ0(≡ 4π×10-7 H m)と光速 c を用い、c-2 = ε0μ0 の関係式から真空の誘電率の値が定義されることになります。

原子の中の電子は非常に大きな相互作用エネルギー、非常に大きな運動エネルギーを持って運動しています。大まかに言って原子内の電子は10-18~10-15 J(数十~数万 eV)程度のエネルギーを持つ「内殻」の電子と、10-19~10-18 J(数~数十 eV)程度のエネルギーを持つ「外殻」の電子に大別できます。 これらの電子は、原子核の周り、おおむね数百 pm 程度以内のところに分布しています*

*以前は 100 pm = 0.1 nm をオングストローム(記号は Å)と呼び、分子構造などの議論に長さの単位として用いられていました。

原子同士を近づけた時、この外殻の電子が再配置することで、原子は化学結合して分子を作るようになります。 いくつかの原子同士の間で化学結合の形成がある程度進むと、電子の再配置は起きにくくなり、最後にはある安定な分子が形成されます。

2.1.2. 分子間の斥力と引力

ハスの葉の上の水のしずくを観察すると、水のしずくはできるだけ円くなろうとするのが分かります。 それは水分子間に互いに集まろうとする力、凝集力が働くからです。 この分子間に働く引力、凝集力を一般にファンデルワールス力と呼びます。 けれどもただ引力が働くだけなら、分子は互いに重なり合い、水のしずくは際限なく収縮していくはずです。 分子同士はある距離以上近づくと、反発しあうのです。

2つの分子を遠方からだんだん近づけていくと、最初は互いに引き合おうとする引力が働きます。 けれどもさらに近づいて電子雲同士の重なりが起きるようになると、非常に強い斥力が働くようになります*。 原子には数百 pm 程度の半径の固い芯があると思ってよいのです。

*電子雲の再構成が起きて、新たな化学結合の生成、分子の組換えが起きる場合もあります。

分子を近づけることで電子雲にあまり大きなひずみが生じないなら、互いの分子を近づけた時に反発力が働くようになる距離は、最初の分子の電子雲の広がりのサイズで決まってきます。 するとAという原子とBという原子をもって来ると、A同士の最近接距離 r(AA) とB同士の最近接距離 r(BB) がわかっておれば、AとBの最近接距離 r(AB) は、r(AA) と r(BB) の平均値に等しくなるでしょう:

r(AB) = [r(AA) + r(BB)]/2

こうした関係が実際に成り立つことが結晶構造の研究などからも知られており、A、Bそれぞれの原子の芯を剛体のように扱って、r(AA)/2、r(BB)/2 だけの半径を割り当てて、ファンデルワールス半径と呼びます。

2.1.3. 極性分子間の相互作用

2つの分子の距離が離れておれば、分子間の相互作用エネルギーは分子の外殻の電子の運動エネルギーに比べて十分小さく、電子雲はほとんど変化しないと見なすことができます。 この場合、相互作用は原子核・電子雲を含めた静的な電荷分布の間の相互作用で評価できます。 複雑な電荷分布の様子を双極子モーメントで評価して、相互作用を双極子モーメントを用いて表現することもよく行われます。 双極子モーメントを持つ分子を通常、極性分子と呼びます。双極子同士の相互作用エネルギーは互いの双極子モーメントの大きさの積に比例し、距離の3乗に逆比例します。

極性分子間の相互作用の中で、酸素など電気陰性度の大きな原子と結合した水素の関わる相互作用は、数十 kJ/mol程度の強い相互作用を示すとともに強い方向性を持っていて、あたかも電子雲の組換えをともなう化学結合のようにふるまい、水素結合と呼ばれます。 水素結合と呼ばれるものは F2H- イオンなどを除くと、電子雲の変形をともなわない静電的な相互作用の一つとして理解できます。 他の極性分子の相互作用との定性的な面での最大の違いは、水素原子の斥力のコアが小さいことにあり、このことが方向性の強さを演出する要因となっています。

2.1.4. 分散力

分子の電荷の分布の偏りがない無極性の分子同士でも引力的な相互作用は起きます。 これは分子の瞬間的な電荷の偏り、電子雲のゆらぎによる効果と見なすことができ、分散力と呼ばれます*。 分子の電荷のゆらぎは、それぞれの分子に含まれる電子の数が増えるほど大きくなっていきます。 ですから一般に多くの原子を含む分子、あるいは原子番号の大きい原子ほど大きな分散力を示します。 周期表で同族元素を取ると、たいてい原子番号の大きいものほど沸点が高くなるのは、この分散力に由来します。

*光がプリズムで分ける(分散させる)ことができるのは、プリズムのガラス中の原子の電子雲の電場の変動による歪みぐあいが、光の波長によって違うことによります。 分散力という名前は、この力が、電子雲の歪みやすさ・ゆらぎの大きさと深く関係することから名付けられました。

なお元来ファンデルワールス力は分子間の凝集力一般をさす言葉ですが、分散力を狭い意味でファンデルワールス力と呼ぶこともあるので注意が必要です。

2.2. 分子間相互作用についての一般則

2つの分子の間の引力的な相互作用は、おおむねそれぞれの分子の性質Xの積に比例すると見ることができます。ですからA-A、B-Bの相互作用エネルギー E(AA)、E(BB) がそれぞれ XA2、XB2 に比例する

eq1_02
eq1_03

とすれば、A-B 間の相互作用エネルギーは

eq1_04

A-A、B-B の相互作用エネルギーの相乗平均で評価することができます(ベルテローBerthelot則と呼びます)*。 このベルテロー則は無極性分子などにはおおむね成り立ちますが、たとえばカチオン同士、アニオン同士の相互作用は斥力的ですが、カチオンとアニオンは引力的にふるまうなど、限界があることも明らかです。 けれどもそうした限界・例外が多々あることが、物質の多様な振る舞いを演出しているともいえるでしょう。

*ここでは A、B の斥力芯については考慮していませんが、斥力芯を考慮しても近似的には同様の関係が成り立ちます。

2.3. 相互作用から見た液体の分類

化学的に単一の成分からできた液体一般を分類すると、大きく分子性液体、溶融塩、液体金属の3つに大別することができます。 分子性液体は化学的に結ばれた原子(数百 kJ mol-1 程度のエネルギー)が分子を作ってできている液体で、水は典型的なものです。 溶融塩は陰イオン(アニオン)と陽イオン(カチオン)が電気的に中性になるようにしてできたもので、金属液体は含まれる多数の原子が電子を共有することでできています。 共に電気を通し、一般の分子性液体よりけた違いに大きなエネルギーで相互作用しています。 溶融塩や金属液体が水銀など除くとかなり高温でしか実現できないこともあって、ふつう化学では、分子性液体を主たる対象として扱います。 分子性液体はさらに、相互作用の類型にしたがって、非極性・極性液体、非水素結合性・水素結合性液体などという分類もなされます。

なお液体の分類はさまざまな観点から可能で、人間にとっての「働き」から液体を分類することもできます。 固体や気体と比べて多くのものを溶かし込むという観点から液体を考えれば、溶剤としての分類ができます。 あるいは力の伝達物質として液体を考えれば、潤滑剤としての分類ができます。 こうした機能による分類もまた、液体の分子論的な成り立ちと深く関わっています。


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