液体の化学(吉村)
since 2004.9.25.
last modified 2009.4.14.

1.はじめに

1.1. 液体の物理と化学

「物質の3態」として、同じ物質でも気体・液体・固体という大きく3つの存在形態(相)を取ることはよく知られています。 この中の気体・液体は「流体」として固体と比較的明瞭に弁別することができます。 固体は弾性を持っており歪みがかかっても復元力が働き、またある面に沿って割れやすいなど異方性をもっています。 これに対し流体はその名の通り弾性を持たず、力が加われば流れ、またどの向きをとっても同じ性質を示します。 気体と液体の区別には後でも述べるように厄介な問題がありますが、まずは密度の高い流体をここでの主題である液体と呼ぶことにします。

この講義では、この液体の化学について考えようとするわけですが、液体というものを「化学」の観点から、“質”の観点から見ていくには、対象とする物体の“質”によらない部分、いわば「物理」にかかわる部分をまず理解しておかねばなりません。 いわば「液体の化学」は「液体の物理」の終わるところから始まるといってもよいのです。

従来、ややもすると安易な直感に基づいて、液体のさまざまな性質が語られてきた結果、多くの混乱がもたらされてきました。 たとえば「分子運動が激しくなると粘度が低くなる」というともっともらしく聞こえるかもしれませんが、正鵠を射ているとは言いがたいのです。 今回の講義ではこのことを念頭に、特に「物理」の部分に目配りしながら、「液体の化学」について考えていこうと思います。

1.2. 単位と大きさの話

これからさまざまな物理量が登場しますが、その単位、いわば「ものさし」について、最初に触れておきます。

皆さんは、昔、長さの単位として尺(しゃく)という単位が使われていたのをご存知でしょう。 普通の1尺(曲尺*)は 30.3 cm です。けれども同じ名前で、和裁や呉服関係では「鯨尺」(曲尺の 1.25倍)「呉服尺」(曲尺の 1.2倍)というのが使われていました。 あるいは、草履や足袋(たび)のサイズを「文(もん)」で表示してあるのを見たことがありますか? これは昔、一文銭の大きさで長さを測ったことに由来します。 このように長さを測る単位がまちまちでは、同業者間なら話が通じても、異業種間では混乱が生じます。 あるいは徴税・商業取引をめぐっては、単位の問題は大きな政治・経済の問題にもなってきます。 こうした混乱を避けるため、昔から単位の統一が図られてきました(古いところでは暦(こよみ)の統一もその一つと言えるでしょう。「正朔を奉じる」)。 現在のSI (système international d'unités。国際単位系)は、そうした試みの一つの帰着点です。

*矩尺とも書き「かねじゃく」と読みます。大工さんが使う"直角定規"に使われている"ものさし"です。 尺のメートルとの対応は明治時代になって、法的に1曲尺が10/33 mと定められました。 1文はおよそ 2.4 cm (0.8 寸)。ちなみに一文銭(寛永通宝)は重さの単位としても用いられました(1匁(もんめ) = 3.75 g。 現在の5円玉は寛永通宝の重さ、大きさを模しています。 さらにいうと一文銭をこの重さにしたのには、中国の貨幣、度量衡が反映されています)。

国際単位系SIでは10進法を採用し*、長さ、質量(重さ)、時間など7つの基本となる量**について単位を定め、そこから面積、力、エネルギーなど、他の種々の単位(組立単位といいます)を導出します。 原理的にはこれですべての物理量の単位が導出できますが、昔から伝統的に使われてきた単位については、SIに則った計量法やJIS(日本工業規格)などでも例外的に使用を認めているものもあります。 今回のお話で出てくる単位の主なものを次の表にまとめておきます 。

*10進法を取るのは当然のように思われるかもしれませんが、たとえば60秒が1分であるように、10進法以外の数え方が今も身近に生きていることに注意してください。
**基本単位には下表に挙げた、m、kg、s、K、A、molの他に cd(カンデラ。光度の単位)があります。

物理量記号読み組立単位の構成
長さmメートル 
質量kgキログラム 
時間s 
 min60 s
温度Kケルビン 
 °Cセルシウス度T/K - 273.15
電流Aアンペア 
物質量molモル 
体積m3立方メートル立米(りゅうべ)と呼ばれることもある
 l、Lリットルdm3、1000分の1 m3
Nニュートンkg m s-2
エネルギーJジュールkg m2 s-2
 calカロリー4.184 J*
圧力Paパスカルkg m-1 s-2
 atm気圧101324 Pa
 mmHg水銀柱ミリメートル133.3224 Pa。Torr(トル)とも呼ぶ。
電荷CクーロンA s
電圧VボルトJ C-1
電気抵抗ΩオームV A-1
静電容量FファラドC V-1

*歴史的にカロリーがさまざまに定義されてきた結果、いくつかのカロリーが併用されているので注意が必要です。 化学・食物学の分野では 1 cal = 4.184 J(熱化学カロリー。calthと表記)が用いられますが、4.1855 J(15 °Cカロリー。cal15)、4.1868 J(国際蒸気表カロリー。calIT)は国際的にも用いられ、国内では今も一部 4.18605 J(「旧計量法カロリー」。1 cal = (1/860)×3600 J)が生き残っています。

また用途によっては、単位が大きすぎるあるいは小さすぎることがあるため、前に次のようなことば(接頭辞)記号をつけて表します。

記号読み方  
Gギガ1000000000倍109
Mメガ1000000倍106
kキロ1000倍103
hヘクト100倍102
dデシ10分の110-1
cセンチ100分の110-2
mミリ1000分の110-3
μマイクロ1000000分の110-6
nナノ1000000000分の110-9
pピコ1000000000000分の110-12

1.3. 密度・濃度の表現

液体の議論にはさまざまな密度・濃度の表現が出てきます。これがまたいろいろ厄介で、混乱があるようです。

1.3.1. 密度の表現

まず通常手にとって見る大きさの物質の大切な性質は、温度・圧力が一定なら、質量(重さ)を2倍にしたら体積も2倍になるということです(加成性。相加性とも言います)。 そこで質量と体積の比を密度と呼び、液体を特徴付ける量として用います。

(密度) = (質量)/(体積)

密度と同じような量で比重も用いられます。比重は対象となる物質の密度を、基準となる物質の密度との比としてあらわしたものです。

(比重) = (密度)/(基準となる物質の密度)

基準となる物質としては 4 °Cの水(密度1 g cm-3)がよく用いられ、比重は g cm-3 で表した密度と同等になります。 なお同温の水の密度を基準として用いられること(水に溶けている物質の量を判定するにはこの方が便利)なども多く、精度の高い密度の値を必要とする場合には注意が必要です。

1.3.2. 濃度の表現

液体が何種類かの成分からなる場合には、成分組成が重要になり、これにはいろんな表現方法があります。 以下では簡単のため A (分子量 MA)、B (分子量 MB)、2成分をそれぞれ a g、b g 含む液体を考えましょう。 このような液状の混合物を溶液と呼び、A が B に比べて大量にある時、A を溶媒、B を溶質と呼びます。 また溶液の中に含まれる成分の割合を通常、密度とは呼ばず濃度と呼びます。

たぶんもっとも簡単な組成の表現は、A と B の質量比 b/a で表現する方法です。こうした濃度の表示は溶解度の表現でよく用いられます。

(溶媒100 g当たりの溶質の質量) = 100 × b/a

重量モル濃度と呼ばれるものもこれと同じ考えに基づくものです。

(重量モル濃度) = (溶媒 1 kg 当たりの溶質の物質量)
= (1000/MB) b/a

A、B の組成比で表現する方法は、A が大量にある時はよいのですが、A が少ない時には大きな数字になって不便です。A、B の幅広い組成に対応するには、全体の中に占める比率を使ったほうがよいでしょう。 質量(重量)百分率(mass%、wt%、w/w% などと表示されることがあります)の表示はこうした表現に対応します。

(Bの質量百分率) = 100 × b/(a + b)

百分率は全体を 100 として表示するわけですが、分野によっては全体を 1000 として表示する(千分率。パーミル‰)、100万として表示する(ピーピーエム。ppm)ことも行われます。 同じように考えて質量ではなく、物質量に対応した表現はモル分率と呼ばれます。

(B のモル分率) = (b/MB)/(a/MA + b/MB)

ここまでは質量、物質量だけに注目して組成を表現することを考えてきました。けれども、ある温度・圧力で組成が決まれば密度が決まることに注目すれば、密度で組成を表現してもよいはずです。

(密度) = (a + b)/(体積)

これを特に溶質の“密度”に注目して表現したものが、容量濃度と呼ばれるもので、化学では容量モル濃度がよく用いられます。

(Bの容量モル濃度) = (b/MB)/(体積)
= (密度)× (b/MB)/(a + b)

通常この体積の単位には L が使われており、この場合、密度も g/L 単位で表示する必要があります。 あるいは純粋な B の体積を用いて体積百分率(vol%、v/v% などと表示されることがあります)で表現することもあります。

(Bの体積百分率) = 100× (b g の B の体積)/(体積)
= [(密度) /(純粋な B の密度)] × (B の質量百分率)

アルコール度は、酒の中のエタノールの濃度を体積百分率で表したものです。

濃度の表現にどれを用いるかは、その時々で便利なものを用いればよいわけです。 たとえば 250 g の水に何 g の食塩が溶けるか知りたい場合、溶解度は溶媒 100 g 中の溶質の質量で与えられている方が便利です。 一方 300 g の食塩水を蒸発させて得られる食塩の重さを知るには、質量百分率が便利です。 このためいわば「業種」ごとに種々の濃度の表現が用いられてきたわけですが、濃度の表現の間の換算には十分注意が必要です。

1.3.3. 実用的な密度・濃度の表現

液体の密度は、体積あたりの質量で表現するのがふつうです。けれども工業的あるいは日常的には、むしろ質量あたりの体積(これを基準となる物質との比で表現したものを比容といいます)に基づく独特の密度の尺度が今も用いられています。たとえば食品関係などではボーメ度(1784年ボーメBauméが提唱)と呼ばれるものがよく用いられます。 重ボーメ度 Bh は、比重を r として

Bh = 144.3×( 1 - 1/r )

で表わされます(日本の計量法) 。 あるいは石油類の密度を表わすのに API度(API = American Petroleum Institute)が用いられ、 これは140/9 °C(= 華氏 60 °)における水に対する比重 r' を用いて表わされる密度の単位です*

API度 = 141.5×(1/r' - 1) + 10

*軽ボーメ度 Bl は144.3×(1/r - 1) + 10 (日本の計量法)で定義され、ほぼAPI度と同じです。

このように“現場”で使われている密度の目盛りに、比容に比例するものが多い(あるいは、多かった)のは、密度の測定に浮標を用いるのが便利であるためです(皆さんに一番なじみがあるのは、自動車のバッテリーの充電の度合いを調べる作業でしょうか?)。 そして測定する対象に応じて、扱いやすいようにその目盛りを適当に調節してあります。 たとえば質量百分率 15 %の食塩水(比重 1.116)の Bh は 15.0 になり、質量百分率 x % 食塩水の Bh はだいたい x に等しくなります。 これはそもそものボーメ度が、食塩の製造に関わって考案されたことに由来しているのです。 またAPI度は石油類でもっとも密度の低いものでだいたい 100 に、極めてアスファルト分の多い原油で 0 ぐらいになるように調整してあります。

単位というのは、使う人にとって便利なように決めればよいのです。 しかしそれが行き過ぎると、他の分野の人の単位の表現と換算するのに不便が生じたり、測定が精密になるにつれて煩わしい端数の計算をしないといけなくなったりします。 このような弊害を防ぐため、単位の統一が図られているわけですが、単位が生活と密着するものであるだけに、統一には相互理解と単位に関する基本的な知識(リテラシー)の普及が求められます。


表紙に戻る